豊橋市出身の元フィギュアスケート選手!独特な衣装が印象的な鈴木明子さんの経歴まとめ

スケート 三河・豊橋

鈴木明子さんの経歴について紹介

元プロフィギュアスケーターとして有名な鈴木明子さんは豊橋出身。実は2015年に豊橋親善大使を務めています

独特な衣装と表現力の高い演技人気でしたね。また、同時期に活躍したフィギュアスケート選手(織田信成さん、高橋大輔さん、浅田真央さんなど)とは仲が良くあだ名で呼び合うほどらしい。そんな鈴木明子さんの経歴について紹介します。

小学校から大学時代まで

1985年3月28日生まれで実家は豊橋駅の西口にある居酒屋『和乃屋』。

小学校は豊橋市にある花田小学校。
スケートを始めたのも6歳で小学生の時から。
有名な先生に名古屋でスケートを教えてもらっていた。

中学・高校はスケートリンクのある名古屋中高一貫校 名古屋経済大学 高蔵中学に進学。
10代はほぼ毎日練習をする。練習の鬼。実力をつけ、全日本フィギュアスケートジュニア選手権で2位、全日本選手権で4位と高校時代から実力の片鱗を見せつけていた。

東北福祉大学に進学。環境の変化から引き起こされた摂食障害により、一時試合に出られない時期があったが、半年で病気を克服したが復活した。

大学卒業後のフィギアスケート選手時代

名古屋の邦和スポーツランドに拠点を移し、実力をつけた、

24歳で全日本選手権で初の表彰台となる2位となりオリンピック選手に選抜。
バンクーバーオリンピック8位入賞。

その後、数年間、少し成績を落とす状況となったが・・・

27歳で世界選手権銅メダルを獲得!日本選手最年長でのメダル獲得となった。

28歳で全日本選手権を初優勝。ソチオリンピック出場8位入賞。

29歳では世界選手権6位入賞したが、この世界選手権を最後に、フィギュアスケート競技生活からの現役引退した。フィギュアの選手は若くして成績を落とし引退する選手が多い中、鈴木明子さんは遅咲きの息の長い選手だった。衣装も非常に凝ったものばかりでつい目がいっていました。

2017年に小学校の同級生との婚約したが、2018年9月にスピード離婚した鈴木明子さんだが、現在はスケート関連のテレビ・ラジオ番組出演等や振付師として活躍中して充実した生活を送っている。

競技選手引退後も毎年夏にアメリカ・デトロイトのリンクで1ヵ月スケートを練習しに行っているとのこと。スケートへの愛情を感じますね。また、「ひとつひとつ。少しずつ。」を出版しています。興味のある方はチェックしてみてください。

またね。

豊橋駅の西口は居酒屋『和乃屋』を含め庶民的なお店が勢ぞろい。ぜひ訪れて。